【新春 特別再録編】鈴木一志(日本フィルハーモニー交響楽団首席ファゴット奏者)

音楽と言葉

以前「奏者の肖像」というタイトルで、facebookに鈴木一志先生(日本フィルハーモニー交響楽団首席奏者)のインタビューを公開いたしました。このページ「音楽と言葉」のきっかけになった記事です。

その記事に加筆・修正をし、あらためて取り上げます。鈴木一志先生の音楽に対する想いを感じで頂ければと思います。 なお、年数等はインタビュー時(2020年9月)のまま掲載しております。

 

2020年11月8日 日曜日に、ファゴット協奏曲を演奏される鈴木一志先生に演奏会へ臨む思いを伺いました。

実は、このモーツァルトのファゴット協奏曲には、特別な思い出があるんです。今から34年前、東京音楽大学を卒業してすぐにウィーンに留学しました。神様だったカール・エールベルガー先生のレッスンを受けるためです。

そのとき最初のレッスンで見て頂いた曲が、モーツァルトのファゴット協奏曲でした。エールベルガー先生は、ボールを手に持って「床に落としたら、ボールは床で止まらずに弾むよね…。ボールが弾む、その繰り返しが冒頭、頭の四分音符の吹き方なんだ」とおっしゃいました。曲の出だし、頭の「パン、パーン」この四分音符のイメージについて、時間をかけてじっくりと教えてくださいました。1986年の4月に受けたレッスンの記憶は、今でもハッキリと覚えています。もう、今から34年前になるんですが…!

他にも、エールベルガー先生との思い出はたくさんあります。先生のタンギングは、ものすごく速い!あるとき「どうして君のタンギングは遅いのか?」と聞かれたこともあります。例えば、エールベルガー先生が演奏された「フィガロの結婚 序曲」の冒頭、録音を聴くとタンギングがとっても速い(しかも全てシングル…)。留学中、エールベルガー先生には色々と大変お世話になりました。

先生は、1954年に、モーツァルトの協奏曲を録音されています。その、レコーディングで自作のカデンツァを使って録音をされました。そのカデンツァは、少し長いバージョンでした。

今回、私が演奏で使うカデンツァは、エールベルガー先生がコンサートで使えるように短く作ったバージョンです。このカデンツァで演奏したいと思っています。これが、そのカデンツァ、先生直筆のコーピーです!

通常、演奏会のプログラムには「今日の演奏は○○氏のカデンツァを使用しました」といったことは表記しませんよね(特に管楽器の場合は…)。でも、今回のプログラムには「カール・エールベルガー氏のカデンツァ」で演奏することを、しっかりと書こうと思っています。お世話になったエールベルガー先生に感謝の思いを込めて、精一杯演奏したいと思っています。

モーツァルトのファゴット協奏曲は、moll の所がいくつも出てきます、短調になる部分です。一楽章にも三楽章にも出てきます。モーツァルトの曲で短調になる旋律は、どれも格別で歌い所です。奏者にとっては、聴かせどころが凝縮されています。本当にステキで、美しいのです。短調の旋律は、生きた音楽で心を込めて歌い切りたいと思っています。多分、若い頃では出来ない演奏になるのではないか?と思いますよ。今、表現できる気持ちをいっぱい込めて歌いたいですね。57歳になったファゴット奏者ですから(笑)!

●エールベルガー先生が1954年にウィーンで録音された「モーツァルト・ファゴット協奏曲」のレコード

「歌う」という事で言いますと、父の影響がとても大きいと思います。1986年にウィーンに留学する際、背中を押してくれたのが父でした。父は、芸大の二期生で立川清登さん(バリトン歌手)と同級生でした。
父が歌うカンツォーネやイタリア歌曲、日本歌曲のピアノ伴奏を子供の頃から演奏して、一緒に楽しんでいました。それもあってか、将来は歌を勉強したいなぁ、と思っていました。けれども歌は本当に難しくて…。自分の声質がシワガレ声なのもあって、歌は向いていないと感じました。その後、トランペットを始め、中一でヴァイオリン、中二からファゴットを演奏するようになりました。初めて吹いたファゴットの音色に魅了されました、何とも言えないのほほんとした音が出て…!それからですね、私のファゴット人生がはじまりました。中二から、今までずっとファゴットですね。

今回指揮をしてくださる小林研一郎先生とは、もう随分と長いお付き合いになります。リハーサルで、マエストロは曲の歌い所になると「鈴木さん!歌うからね!」って、アイコンタクトされてから棒を振りおろしてくださいます。マエストロは、私が「歌いたいんだ!」という気持ちを、いつも受けとめてくださっている。この間、マエストロに「実は、父は芸大の二期生で、立川さんの同級生だったんです」と初めて打ち明けました。すると、マエストロは「だから、鈴木さんはいつも歌っているんだ!だからねぇ、なるほどねぇ〜、そういう事だったんだ!」とやけに納得してくださいました(笑)。

オーケストラ人生が、今年の6月で32年(広島交響楽団で1年、日本フィルで31年)になりました。マエストロとも、たくさんのコンサートを重ねてきました。今回は「コバケン・ワールド」というタイトルの公演で、ご一緒させていただける事を本当に嬉しく思っています。

やっぱり、私は「歌」を大切にしたいのです。今回、ステージに上がる時は、今まで40年以上かけてやってきた事を演奏で表現しよう…、という事ではなく、今歌える、今表現できる旋律を、歌いきりたいと思っています。もちろん、人間ですから本番は緊張するでしょう。けれど、歌を歌おうと思う事で、少しでも力が抜けてリラックスできればいいな、と思っています。

特にモーツァルトは、とっても、とっても綺麗な曲。二楽章は、涙が出るほど美しい音楽です。その美しさを歌う事で、お客様に感じて頂ければ幸せかなぁ…、と思います。

1986年にウィーンへ留学してから、常に心にとめている事があります。それは「いつでも生きた音楽を表現し、心を込めて歌うこと」という考え方です。これは、カール・エールベルガー先生が、よくレッスンの際におっしゃっていた言葉です。これを、今でも大切にしています。せっかく演奏したのに「歌」がなくては、つまらないなぁ…、と思ってしまいます。指が完璧に回っても、歌がなかった演奏を聴くと少し残念に感じてしまいます。演奏にちょっとキズが入ってしまっても「うわぁ、今日は心を込めて歌えたなー!」という日は、奏者としての役目を果たせたかな、と思います。もちろん、お客様の感想は色々とあると思います、音楽ですから。

ただ、「いつでも生きた音楽を表現し、心を込めて歌うこと」が、今でも一番大切な事だと思っています。

今回のモーツァルトも、それくらい出来るといいなぁと思って本番に臨みます!

取材日:2020年9月

鈴木一志先生に伺った公演後のインタビューもぜひご覧ください

 

鈴木一志(すずき・ひとし)

東京音楽大学付属高校、同大学を卒業。卒業後、ウィーンに留学。
東京オペラシティリサイタルホール、銀座ヤマハサロン、JDR(日本ダブルリード)にて、リサイタルを開催。第6回日本管打楽器コンクール入選。
2006年「ベートーベン 七重奏への誘い」2016年「アゴラ〜カスタムウインズ木管五重奏団」CDをリリース。
2019年2月、NHK FM放送 ベストオブクラシックに出演。(カスタムウインズ木管五重奏団)
ファゴットを三田平八郎、霧生吉秀、菅原眸、山上貴司、馬込勇、カール.エールベルガーの各氏に師事。
広島交響楽団を経て、現在、日本フィルハーモニー交響楽団首席奏者。洗足学園音楽大学非常勤講師。カスタムウインズ木管五重奏団メンバー。

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