その作品は「幸せ」のために 團伊玖磨

ぞうさん ぞうさん
おはなが ながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ

まど・みちお氏によるこの詩、読むと同時に私たちは歌っている。
しかも全ての日本人が同じメロディーで歌うことができる。

この詩に曲をつけたのは、作曲家 團伊玖磨氏。
日本が世界に誇る作曲家の一人。

團伊玖磨は、1924年4月7日 東京・原宿に生まれる。
父は東京帝国大学助教授(美術史家)、実業家、政治家の團伊能(だん・いのう)。
祖父は男爵で三井財閥の総帥、團琢磨(だん・たくま)。

伊玖磨は、13歳で青山学院中等部に入学しピアノ曲や歌曲の作曲を始めた。
1938年に、父の古くからの友人であった作曲家 山田耕筰と面会をし
「音楽を、作曲をやり給え。ただし、やるからには
最も正統的な勉強を積み、最も本格的にやり給え」と言われ
作曲家としての道を歩むことになる。

18歳で東京音楽学校の作曲科に入学。
28歳のときに初演されたオペラ「夕鶴」は世界的な評価を得る。

2001年5月17日、77歳で世を去るまでに、オペラ7曲、交響曲6曲をはじめ
管弦楽曲、歌曲、室内楽、童謡、合唱曲、吹奏楽、映画音楽、
放送音楽、校歌など、幅広いフィールドでその才能を発揮した。

また、エッセイストとしても有名。
教養の深さ、文化人の側面が時代を超えてファンの心をつかんだ。

團が作曲した童謡「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「おつかいありさん」は
子と親が口ずさみ、無垢な心をかよわせた。

團が作曲した放送音楽「ラジオ体操第二」は、毎日続けられる運動のために
国民の健康を祈りながらそのメロディーが紡がれた。

團が作曲した吹奏楽曲、1959年に皇太子明仁親王の成婚を祝した「祝典行進曲」と、
1993年に皇太子徳仁親王の成婚を祝した「新・祝典行進曲」の2曲は、
国民が抱いた祝賀の心を表わした。

團が作曲した合唱曲、筑後川「河口」を卒業式で歌った生徒は、
これからの人生に無限の希望を見い出した。

團伊玖磨は、西洋音楽の基礎を体得した日本人が
世界に通用することを証明した一人だ。
数多くの作品には、人に寄り添い、人をあたたかく豊にする心が
美しくつまっている、團伊玖磨にしか書けないものだった。

その團伊玖磨が、東京ファゴッティアーデの依嘱により
『4本のバスーンのためのソナタ』を1988年に作曲している。
同年10月8日、サントリーホール 小ホール(ブルーローズ)で初演された。

初演メンバーは
第1パート:霧生吉秀
第2パート:大埜展男
第3パート:太田茂
第4パート:小山昭雄

團伊玖磨の世界をファゴットのみで表現できる貴重な曲だ。
ぜひ、多くの皆さまに演奏をして頂きたい。
なぜならば、團伊玖磨の思い描いていた「幸せ」につながるからだ。

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